2018年08月27日

宝満山へ

暑い。

今日も37度の予報が出ている。

しかし9月の連休に北アルプスへ行く予定だ。 山へ行ってトレーニングしなければ。

前回の山では、へとへとに疲れた。 心もとない。

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こんな暑い日は、宝満も人が少ないのではないか、そう思って出かけることにした。

九重へ行けば涼しいのは分かっているのだが、往復4時間はもったいないし、筋力を

鍛えるには宝満の、あの石段が効く。

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登り始めから1時間は、高温と多湿で猛烈な汗である。

左耳から右耳へぐるっと後ろ回りに、髪の毛が水をかぶったようになっている。

シャツの、胸から下は色が変わるほど濡れた状態。

まぶたを伝う汗が目に入ると痛いので、その前にぬぐわなければ。

小さなタオルで拭ったあと、胸のポケットにしまうのだが、気づくとポケットまわりまで

タオルの濡れが移って、変色している。


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ここまで汗まみれとなると、かえって爽快である。

いつも休む水場が見えてきたが、ザアザアという水音がしない。

切ったパイプから流れ落ちる水は、今までになく細くて、水枯れ寸前である。

山も、この酷暑には参っているのだろう。

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百段ガンギ。

修験道の山らしい、この雰囲気が好きである。


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朝食を摂っていないことを思い出し、コンビニのおにぎりを食べた。

お陰でちょっと元気が出て、石段の段差も、避けずに大きく越えていく。

大腿筋を鍛えなきゃ。

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半ばを過ぎると、汗を出し尽くしたのか高度とともに気温が下がったのか、身体が落ち着いてくる。


とともに、樹林の登りが終わって変化のある道となり、ここから山頂は遠くない。


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辛さを慰めてくれる、ホトトギスの花。

樹林で聞こえていたソウシチョウのにぎやかな声が、いつしかシジュウカラの静かな声に

変わっている。

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大石の間からぽっかりと出て頂上へ登る。

このあっけなさは、いつも楽しい。

登り切った山頂には、夏の終わりを告げるトンボの群れがおり、黄色と黒のまだら模様の

大きなオニヤンマがその間を行き来していた。

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夏と秋のあわいの、青い空と白い雲。

標高800メートル台でも十分に涼しい。  

結構な人数が休んでいて、自分の脚力だけでここまで来た人々の誇りと、自然が穏やかな

時に見せる、いつもの平和が満ちている。

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私のザックには、2リットルのペットボトル。

2本入れるべきだが、1本で止めたのは自信の無さにほかならない。

次は2本。 

しかしこんなで、9月は大丈夫なのだろうか?


                                                                


2018年04月11日

地島へ

昨年の相島に続き、玄界灘に浮かぶ地島へ行った。

この機会を逃せばおそらく行くことはないだろうと、風邪気味なのを押してだ。

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相島とは違って、観光客は少ない。

このあたりは、古代の名族、宗像氏(胸肩とも)が治めた土地で、宗像大社から沖ノ島

まで島づたいに社(やしろ)が続き、沖ノ島からは多くの古代祭祀品が出土して、

世界遺産候補となっている。

船が出るのも、神湊(こうのみなと)という、由緒ありげな地名。

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玄海の波は荒いが、すぐに着く。

上陸しても、周りに店も自販機もない。 民家と陸揚げされたタコツボが並ぶ、正真正銘

の漁港である。

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島一番のピークを目指して歩く。 やがて登りだす。

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登り詰めるとあたりは椿の林で、なんとも心休まる。

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山道にこぼれた椿の花が美しい。  いい時期に来たようだ。

ピークからは、真っ青な海が見えて、綺麗だね、と言い合ったが、さしてきびしくもない

登りだったから、感動もさほど大きくないのが残念といえば残念なことで。

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お昼ごはんはまだよ、と叱られて下りゆけば、椿ロードと名付けられた山道にも

落花赤く映え、島はひっそりして、私達だけのもののようだった。

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下り切ると、初めて人に会う。

バイクの男性で、この上の道は倒木が多いから行かない方がよい、と教えてくれた。

以前は自分たちで椿ロードの手入れをしていたけど、大変なのでなかなか手が回らなく

なったのだという。

仕事のかたわらのボランティアだろうから、それも当然のことだろう。

「上に祇園様というお社があるようですけど」と尋ねると、お祖父さんの頃にはみんなで

お参りしていたものの壊れ、その後お父さんが自分で作った社を上げたが、今はまた

古びてしまって、お参りも行き届かないようだ。

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島のこととて、すべてを地元の共同体で行ってきたのだなあ、と感じた。

だんだんに若い人は島を離れているだろうし、共同体での維持は難しいのだ。

別れる時にバイクの荷台から、採ったばかりのハッサクを出して2つくれた。

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小さな旅ではあるが、こうやって人情に触れるのは楽しい。


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島の先端に到達して、ようやくランチとなる。

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もう来ることもなさそうな、この場所からは宗像大島へ続く海が広がり、

絶景を楽しみながらの楽しい時間だった。

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早い時間に帰宅できたので、久しぶりに山菜の天ぷらを作った。

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サヨリの干物も美味しい。

良い季節だ。


2018年03月19日

ハイタカの季節

ハイタカの季節となった。

この冬はとても寒くて暖かくなるのが待ち遠しく、北国の人の気持が分かったような

気になったものの、その後は急速に気温が上がってやっぱり九州である。

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さて、大好きなハイタカの渡る季節を迎え、小山に登る。

風の強い日には足もとを飛んでゆくと言うので、強風をついてやってきたのだが、

聞いた通りであった。

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まず、向こうの尾根筋を飛んでくるという、お決まりのコースなんて取らない。

横ぎわの藪の向こうにスイッと出たと思ったら、たちまち足もとをかすめて崖下に消える。

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この繰り返しで、カメラはあっても役に立たない。

ピント合わせ以前に、視野に入れることができないのだ。

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珍しくファインダーに捉えた。

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トリミングしてみた。黒っぽい個体でかっこいい。

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8分の1秒後のコマ。

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 分かりにくいかもしれないが、ピンボケ。

わずかの間にすごいスピードで移動するので、ピントがずれてしまう。

しかも今日は強風にあおられて、さらにスピードアップ。 それゆえに面白い。

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足もとにくると撮影は諦めて肉眼で追うしかないが、背中の色が様々であるし

崖下に消える際に尾羽の裏側が見えたり、ひらひらと蝶のように舞う姿が美しくて、

ハイタカ好きとしてはたまらない。

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これをただ一人小山の頂でやっているのだから、自分は変人であると思う。

しかもいい年をしていて、変人度はかなり高そうである。

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少しづつ、風の勢いがゆるくなってきたと見えて、空中を飛ぶものが増えてきた。

こうなると楽で、撮影ができるようになる。


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写真としてはつまらないが、横からの姿。

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風にあおられながらの飛行。 目の上にある白い眉斑が後頭部でつながっているのが

分かる。

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緑の山がバックになると、ピント合わせは難易度を増す。

コントラストがはっきりしないと、レンズのオートフォーカスはうまく機能しないのだ。

レンズの真ん中に飛ぶタカを入れながら、ピントが合う瞬間を待つ。

合った、とその瞬間にシャッターを押すが、コンマ数秒の違いでずれてしまう。

手動で合わせられるほどには熟練しないので、機械に頼るしか能がない。

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あああ悲しいなあ、能がないなあ、と心でつぶやきながらのタカ見である。

まだまだ、シーズンはこれから。

   

2018年01月16日

人生の終わり方

幼なじみのお父さんが亡くなった。

92才、というより、あと数日で93才。

入院もしないままの自宅での死であり、天寿全うであろうが、多少の残念さが残る。

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その日はめったにない飲み会参加で、幼なじみ(男性)は玄関ではなく裏口から帰宅

した。

翌朝、玄関に行ってみるとお父さんが倒れていた。

すぐに救急車を呼んだが、もう息はなかったようで、救急車が警察へ連絡。

そのあとは、警察の調べがあって「犯人扱い」だったとか。

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無理もない状況ではあるが、彼は、目が悪くなった一人暮らしの父上を案じ、東京に家族

を残したまま単身実家へ戻って、6年ちかくも面倒をみてきているのだ。

息子と水入らずで晩年を過ごせた父上は、きっと幸せだっただろうが、最期の日に

限って息子は留守で、独り冷たい玄関で亡くなることになってしまった。

夕方の戸締りにでも行かれたのだろうか。

むろん、息子である彼自身の落ち度では全くない。 あまり飲んで帰ることは

ないんだ、と常々言っていたから、断れなかったのだろう。

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誰のせいでもない残念なことであり、私の思いもそこに残る。

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私の母も、仏壇に供える水仙を取りに出た庭で転び、骨盤骨折。

戸口までは這って帰ったが、その先には進めず、帰宅した私が扉を開けるまで

倒れていた。

猫が大声で鳴き続けるので、不審に思いつつ家に入ると、倒れた母が目に入った。

その衝撃。

救急病院に入院して、そのまま1年後に亡くなった。85才であるから、

長命のうちではあるのだが、私の後悔は、1年の間に2度しか帰宅させて

やれなかったことである。

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友人の父上は、その後の解剖で、倒れた拍子に肩を強打・骨折して内出血したことに

よる、出血性ショックだった、という事実が分かり、彼は「犯人?」から「孝行息子」に

戻ることができたが、通夜では疲れた表情を見せていた。

まあしかし、現代では幸運な亡くなり方の部類には入るのだろう。

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若い頃は、生きていくのが難しく、年老いれば、死に方が難しい。

常に問題を抱えながら生きていくのが人間である、と言ってしまえばそれまでであるが、

人生を生き抜くのは、なかなかに困難だと思う。


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2017年12月12日

色川 武大

沈鬱な冬がやってきた。

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太平洋側とは違って、福岡の冬は晴天が少なく、どんよりと曇っていることが多いのだ。

山へ行きたいが、天候に恵まれない週末が多く、仕方なく家に沈潜して読書となる。

以前読んでいた伊集院静の流れで、色川武大を読んだ。

阿佐田哲也という別名で「麻雀放浪記」を書いていて、そちらも有名である。

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とても優しい人だったという作家仲間の評判がある。

伊集院氏は、共に旅をしながら競輪をやる最中、子供の頃より悩まされた幻覚症状に

襲われ、色川氏に救われて完治したと書いている。

優しいだけで、人を危機的状況から救えるとは思えない。何か激しい所を過ぎ越した、

そんな経験を持った人ではなかったのか。

誰からも慕われる、卓越した優しさを持っておられた、その点について知りたいと思って

「麻雀放浪記」にいたるまで何冊か読んでみた。

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どうやったら人間は、そんなに優しくなれるのか。

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育った家庭の厳格な親子関係、つまらぬ事で停学になって上の学校へ進めなかったこと、

体格的なことからくる劣等感、そこに戦後の社会環境も加わって、

賭け事で身を立てるしか自分にはないと考えつめ、時には地下道で寝たり

勝って殴られたりもする「無頼」の生活を送り、怒涛の青春を過ごしてきた人である。

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「誰にも愛されないってことは、かなり辛いことなんだな」と作中にある。

「一番烈しい生き方は、誰にも馴れずに生きることでなあるまいか」

賭け事が生き方ともなる人にとっては、ひりひりするようなその最中こそ、燃焼する生を

実感する、ということなのだ。

誰にも馴れず、一人博打で生きようと、戦後の混乱の中で身すぎしてゆく。

そのような人は、その頃ほかにも居た。

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「獣みたいに他人の喰い残しを突っついたり雨風ん中でも一人ですごさなきゃいけねえ。

だが月給取りにあんなすばらしい晩があるか」

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人一倍繊細な感受性を持った上での無頼な生活とは、どういったものだったのだろう?

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後年、「離婚」で直木賞を取る。

たまたま、受賞直後に単行本となったこの本は読んだが、その時の私の好みでは

なかった。

今いくつか作品を読むと、その表現の的確さというか、本質への細やかな迫り方、

寄り添い方、表現力に凄さを感じる。

悩み抜く経験なしには書けないであろう、文章力である。

その、悩み抜いた欝々としたものを感じ取って、若い頃の私は不健康なものを

忌避したのだと思う。

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氏はまた、ナルコレプシーという病にも悩まされており、何かやっている最中にでも

突然深い眠りに落ちて、しばらく目覚めなかった。

病気からくる幻覚もしょっちゅうで、「ゆうべ寝ていたら、キリンが次々に身体の上を

通っていった」と言われた佐藤愛子は、返事のしようがなかった。

健康な人には理解できない辛い経験をしていることに、劣等感に人一倍悩まされたことが

加わって、誰にでもこの上なく優しいと言われる人柄を作ったのではないだろうか。

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人には理解して貰えぬ、従って口にすることもない様々な種の苦しみが、

この人を優しくした。  その優しさで救われた人がいた。

すごいなあ、人間って。

読後感はそれである。

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また麻雀放浪記の最後で、登場人物に「一人で博打を打って気ままに生きたいのさ。

俺みてえな人間は、どこかのやくざの組織にでも入って辛抱すりゃ、その方が出世する

かもしれねえが、合唱はしたくねえんだよ。 合唱しねえんだったら意地は張り切れねえ

よ。  世間から逃げ出すことだよ―」と語らせている。

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戦後すぐの時世とはだんだんと違ってきて、豊かになり始めた社会に、単独で博打を

打って生きる人間の居場所はなくなってくる。

やくざの組織に入って生きるしかなくとも、それを拒んで一人生きてゆきたい人間は

どこへ行けばいいのか。

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昔は、雲水となって放浪する生き方もあった(例え命の危険と隣り合わせであっても)

が、今の世で、そういう欲求を持った人はどうして身を保つのか、そう思いつつ本を

閉じた。


2017年11月06日

猫の島

博多湾の外側に浮かぶ相島(あいのしま)は、最近猫の島として売り出している。

テレビ「ダーウィンが来た」や、プロ写真家に取り上げられたことからだろう。

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友人から、猫を見つつハイキングしませんかとの誘いを受けて、秋晴れの休日、

フエリーに乗った。 下りると早速まねき猫が迎える。

以前は、春秋の渡りのシーズンに珍鳥を求めて来ていたが、その頃は漁港と人家以外

何もない島だった。

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今は、船着き場のすぐそばから、こういう光景が見られる。

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やってきた猫好きには、若い人が多い。 どうやら外国人のグループもいるようだ。

堤防で釣りに興じる渡航客の傍らにも、猫が控える。

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少年と猫のシーンを何枚か撮らせてもらった。

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港付近で猫と戯れる人々をあとに、私たちは島めぐりに出た。

ここは大した傾斜もない島で、それゆえに珍鳥も見つけやすい場所なのだが、逆に

楽すぎて体力作りには向いていないかな。

ゆっくり登っていくと、黒田藩が海上警護に使っていた小屋跡や、秀吉の朝鮮攻めの

際に石を運び込んで祈願した場所など、長年福岡に住んでいても知らなかった史跡が

続く。

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景色の良い場所を見つけて、昼食兼酒盛りである。

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10月は天候に恵まれなかったが、その埋め合わせをするかのごとき快晴である。

青い海を見ながらの食事は、みなさまざまのことを忘れて、心広びろと。

準備も手馴れて、段ボールのテーブルに、酒器セット持参。

昼寝したいね、この青空だもの。

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心地よくなって港へ下りると、あまりに多い客に、フェリー積み残しとなる。

臨時便も1時間後で、仕方なく列を作ったまま座り込んで待つが、この間にも猫たちが

やってきて、愛嬌を振りまく。

「猫の接客だね」 「おーいニャンコさん、1番テーブルに来てよ」

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まあ、実際には、食べ物を貰えるからなのだが。


2017年10月31日

10月26日

ようやく晴れた10月の朝、マンションの玄関さきに小鳥の羽が散らばっているのを

見た。

ほぼ一羽分散乱しており、鷹の仕業だと思われた。

何かな、この時期だとハイタカかな。渡ってるよね、今ごろ。

ハイタカに思いを馳せながら、自転車通勤ルートを走る。

ああ、海を渡るハイタカが見たい。

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いつものようにまっすぐ行こうとして、いや待て、と思いだしたことがある。

赤坂の街なかに、ちんちくと呼ばれる生垣を巡らした民家があった。

黒田藩に仕えた中でも、下級武士の家は、立派な生垣を維持するのが大変で、ちんちくと

いう背の低い竹を塀の代わりとし、彼らは「ちんちくどん」と呼ばれたという。

 今は珍しいその生垣の民家を通勤途中に見つけ、そこを通るのを楽しみにしていたが、

ついに家ごと取り壊しが始まったのだ。お年寄りが住んでおられるんだろうと思っていた。

やはり壊されるのか。

信号を渡って住宅街に入ると、まだ無事。間に合った。

トラックが出入りする中、1枚写した。

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ここは福岡城からそう遠くはない。

どんな武士が住んでいたのだろう?

でも、壊されちゃうのか。

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ここへ立ち寄ると、あとは天神の裏通りを走ることになる。

居酒屋やお洒落な洋服店、博多ラーメンの店、と、雑然としている街は私の好むもので

ある。

整然とコンクリート造りのビルが立ち並ぶ街には、人の匂いがしないから。

久しぶりの晴天が嬉しくて、すっきりとした空気の中、まだ眠っている繁華街を走るのは

楽しい。

最後はビル街を通り抜け、那珂川を渡って中洲にたどり着いたとき、また鳥の羽である。

見慣れない大き目の羽。これは拾う。

2枚の根元がくっついていたから、何かに襲われて逃げる途中、抜けたのかもしれない。

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自宅には鳥の羽図鑑がある。 帰宅後調べる。

さて、どの科に属する鳥だろう。大きさから当たりをつけてページをめくるが、該当する

ものはなかなかない。
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探しあぐねて一番前のページから見ていくと、なんとヤマシギの尾羽であった。

先端が灰色だが、裏から見ると白く、これが決めてだった。

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ヤマシギは、体長30センチ。冬の頃の草むらに隠れていて、人が近づくと飛んで逃げる。

飛び上がると、UFOのように水平に飛行する。

たまに出会ったとしてもいつも逃げられてばかりで、とても撮影はさせてくれない。

おそらく北の地方から移動中なのだろうが、よりによって、夜の繁華街、中洲に居た

とは。

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翌日、もう一度立ち寄ってうろうろ探すと、石の階段の端っこに、風に吹き寄せられた

2枚の小さな羽を見つけた。

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ヤマシギは、2枚の尾羽と2枚の小羽を残した。


本体はきっと無事だろうが、一体何が襲ったのか。 

30センチもある鳥だから、これを襲うのは???

・・・と考えるのが楽しい。

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10月26日、この日は何だか楽しい一日であった。

またこういう日が来ないかな。

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