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2015年10月13日

涸沢の紅葉

秋の盛りの涸沢が美しいことは知っている。

しかし非常に混雑するから行くことはないだろう。

長いことそう思っていたのに、巡りあわせから登ることになった。


朝5時半、まだ薄暗いうちに宿を出て、ひらすら歩く。

明神岳のモルゲンロート(朝焼け)を左に見て、梓川沿いを早歩きする。

その辺りまでは快調だったが、登りがきつくなるとだんだんに足が遅くなってゆく。

トシは争えない。きつい。

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しかし、登るにつれ開けゆく、この谷の美しいこと。

涸沢谷はS字状にカーブしていて、登っていても自分の位置が分からない。

前にある尾根を見つめながら、ただ登るしかない。

しかし、ある時パカっと前をふさぐ景色がなくなり、遠く穂高の峰と青空、

そして赤や黄の紅葉に埋め尽くされた広い谷が見通せる。

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早朝の日差しはまだ谷底を照らさず、稜線から少しずつ下り降りてくる。

それにつれ、赤や黄色の木々にスポットライトが差すのだ。

ライトはどんどん広がって、遅い私の足取りよりずっと早く、谷底へ到達した。

下から見上げていても、燃える紅葉の広がりで、涸沢のカールが輝いているのが

分かる。

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ああ、天地は美しい。


青空に突き刺さる涸沢槍のとんがりと、赤くまた黄色いナナカマド、白い雲。

いつまでも山へ来れる私自身の幸福。

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ヒュッテへぜいぜい登り着き、到着祝いの生ビールを頼む。

4時間かかったんだから、これくらいいいだろう。

遠くに見える蝶ヶ岳のピークと、取り囲む穂高の山々をサカナに、独り飲むのも

今日の幸せ。

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昨日相部屋だった人が言っていたように、私も飲んでテラスで寝転ぶ。

袖擦りあうも多生の縁、そう言いながら談笑した5人の人は、みんな親切で

気持ちの良い人だった。

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窓際の私が寒いだろうと、起きて押し入れへ行き、布団を出して掛けてくれた人。

人間は皆、知り合ったばかりの人には優しいのに、込み入った関係になると

憎みあうのだ。


ややこしい人間。

大昔からずっとずっと、愛憎の中で生きるしかほかに出来なかった人類。

この天地の中では、どんなことも小さく思えるのに、一生をつまらないことで

過ごすのはバカよね。

そんなことを考えたのは、この穂高の稜線で命を落とした友人知人のことを

思い出したからかもしれない。

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アルコールで速度の緩んだ頭で、あれこれ考えるうち、熟睡した。


群青の空と、紅葉の山肌、黒い岩のピークに見下ろされながら、なんて素敵な昼寝!

起きると、さっき見ながら寝たと同じ、明るくキラキラした風景の中。

覚めたら何もない、ではなく現実だった。 ああ、よく寝た。

降りるのはなんとも惜しい。

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仕方なく靴をはいてリュックを担ぐ。ここで泊まる訳にはいかないのだ。

今晩のヒュッテは、布団1枚に3人の定員と聞いている。

何としても降りて、温泉に漬かってご馳走を食べるのだ。

そうやって完結するのが、大人の山旅ってもんだ。

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11時にはもう下りを開始したのに、次々と登ってくる人々との離合で手間取り、

上高地に着いたのは夕刻5時前だった。

登りと下り、所要時間が同じだけかかった。いやはや、やっぱり大変な

紅葉見物。

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でも、素晴らしかった。

とっても幸せだった。 ありがとう、神様。

生きていることを感謝します。

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