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2010年03月28日

うつくしき春

春よ来い、かく願いしは何時(いつ)なりき

ふと気づけば春のただ中


3月忘れ雪、遠山に白き飾りすれど

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陽にあわく融け 水と流るる

きけ 春の音(おと)を


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大陸にのぞむ海ぎわに 渡り鳥きて

いつ渡らんと思案顔す

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野に咲く花のいろは 白 黄 桃色

めじろ来て櫻にぎわす

春は開かん 

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枯れ木のごとき茂み 少し色みて「ぼう」としたり

若葉いまだ萌えず、されど春を感ずるか

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白き梢は色をはらみ、陽へと伸ぶ

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ああ自然、などかくも美しきか 

春来るたび、言葉なく眺むるのみ


2010年03月05日

川端の火事

3月1日早朝、上川端の商店街で火災がありました。


家を出ようと身支度していて、やはり動揺している自分に気づき、冷静にと言い聞かせる。

消防車でいっぱいかもしれないと、自分の車は置いてタクシーで出ますが、これがなかなか

すぐにはつかまらない。


焦る車内で友人から早くも心配のメール。

博多川にかかる橋の上で降りると白い煙が立ち込めている。

わが店はすぐそこですが、煙はかなり下流から。   ああー、火元は遠かった。


まずは状況を確認しなければと近づくと、火はほとんど消えかかっているよう。

風上の、火元らしき場所には川からの放水が太い線を描いて上からかけられている。

そして十数台もの消防車からの放水。

ご近所の方と、川のそばでよかったね、と語り合いながら見つめるうち、みるみる

収まりかけた火が燃え上がっていく。

強い風にあおられて、風下へどんどんと火の手が移りはじめる。

火柱が上がるのが、半焼した壁の向こうに見えてそれは恐ろしい。


やがて消防のホースは、風下側にその多くが投入される。

数人の消防士が、まだ燃えていない家のベランダに上がって、鳶口のような道具で

柵を壊し始める。

燃え盛る火が時にメラーッとその近くまでを舐める中、たくましいものだと感嘆する。


半焼した風下の数軒には集中的に放水の嵐、こうやって延焼を防いで消火するのだと素人にも

分かり、信頼とともに見つめる中ようやく下火になるが、まだまだ鎮火には遠い。


上川端商店街は通行止めとなり消防車が待機しているが、わが中央商店街は

幸いにも平常通りで、アーケードの屋根が開けてあるため煙もかなり抜けている。

「大変だったけど店は開けよう、商売にはならないだろうけど」と社員に連絡して営業しました。

商店街の店というのは、まず開けることが社会的使命です。


東京の取引先からも「全国放送で燃え上がる映像を見ました」とお見舞いいただき、急遽

ホームページに無事の掲載。これを見て「安心しました」との連絡も入る。


そしてこの日はお見舞いのお客様が何人も来られ、果物やお菓子などのお見舞い品まで

いただくことに・・・


火事の被災店には大変申し訳ないことながら、一日中お見舞いの電話やメール応対に

忙殺されて、改めてたくさんの方たちに支えられていることを痛感しました。


ありがたいことです。


後日来られたお客様の中には、火事に遭ったお店に渡してね、と義捐金まで

置いていかれる方がおありになり、「思い遣り」ということを再考させてもらいました。

また、友人が「昔焼け出された経験があるから分るんです」とわざわざ訪ねておいて

いった封筒も。ボランティアの人達もかなりあと片付けに出ていらっしゃるとか。


上川端商店街事務局では、この火災への義捐金を受け付けています。

今朝から始まりましたので、お預かりしたお金を届けるとともに、わが店が無事だった

感謝も込めて、ささやかな金額なのですが入れて参りました。


日ごろ、上川端商店街とそう親しいお付き合いがあるわけではありません。

同じ筋ですが、あちらは山笠では「土居流れ」、こちらは「大黒流れ」ということもあり。

なぜ流れが違うかっていうと、それは豊臣秀吉の「太閤町割り」によるそうで昔っから。


しかし、同じ商売人として今回のことはまことにお気の毒です。

焼け跡を建て直すのは大変なことでしょうし、消火の水災で商品被害も大きいと察せられます。

なんとか再開されるよう、祈るばかりです。


火事は怖い。