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2011年10月30日

10月の雨

10月は、もっとも季候の良い月である。

                                                     
上旬は催事や出張で忙しく、せっかくの連休も休息をとるので精一杯。

後半になり、さあ野山へ出かけるぞ、と思ったら雨の週末が連続する。

あ〜あ。

                                                     

仕方がない、また雨を避けて東へ行こう。


                                                     
いくつかの田んぼを見てまわり、ようやく鳥の群れを見つけた。

刈り入れ直前の稲穂に、スズメが群がっている。

この風景だけ見ると大事な稲を食べる害鳥であるが、彼らも虫を食べたり

雑草の種を食べたりと、それなりに米作りへの貢献はしているだろう。

豊かな収穫に大喜び、夢中でお腹を満たしている光景は微笑ましい。
                          
                                                
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そしてまた、ここには防鳥ネットも鳥よけのテープ類も見当たらず、おおらかな鳥の楽園と

なっている。

                                                    

タゲリの群れが空を旋回する。

捕食される立場の鳥たちは、ちょっとした物音にも敏感であることで身を守るのだ。

地上に降りる姿を観察してみる。

                                                      

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水平に飛びつつ、降りる準備。 尾羽の下に、足を出しているのが見える。


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やや降下し始めた。  尾羽が開き、翼の先が風を受けて翻っている。

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さらに降下し、腰が曲がって尾羽は開ききっている。 足は着地に備える。


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着地。 尾羽は畳まれ、背中の羽が風を受けて波打つ。

ごく自然に行われているであろうこの動作にも、創造の偉大さ・妙なる美を感じて、

私は感動でいっぱいになってしまう。

                                                    

と、食事に夢中なスズメの群れに異変。  白っぽいタカが突っ込んだ。

群れ飛ぶスズメ。

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なんだったのか、とっさに分らず呆然とすうるち、離れた畦に1羽のハイタカが舞い降りた。

お前だったのか。
                                                    


(こんなにたくさんスズメがいれば、1羽くらいハイタカに喰われても大丈夫よね)と

思った私の心を読んだか。

                                                     

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まだ幼鳥のようだ。

悔しそうに、あちこちを見回す。

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後頭部には、白い部分が見える。 ハヤブサでも幼鳥には同様な部分があり、どの時期で

消えるのか不明だが、禿げているようで面白い。

そういえば、先ほどカラスに追われて逃げていったハイタカがいた。

カメラを確認すると、これも幼鳥、恐らく同じ個体であろう。

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私の方を見ている。

                                                     


お前ねぇ、こんなに開けた場所でやみくもに突っ込んでもダメだと思うよ。

大人のハイタカ達は待ち伏せしてるよ。 もっと研究しなさい。

――虫や植物を食べる鳥とは違って、狩りがヘタなのは死につながる。 心配しつつ

    去ってゆく幼いタカを見送った。――

                                                 
雨の連続で、思うようなリフレッシュができない10月だったが、ハイタカ1羽のおかげで

ずい分と満足を覚えた。 折から降りだした小雨にも腹は立たない。

                                                  

また来るからね。 今度はもっと狩り上手になっているように。

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2011年10月25日

ハチクマを見送る

9月後半はハチクマの渡る季節である。
                                                     

今年は近場でしか見ないつもりだったが、海を渡るところをやっぱり見たいと虫がうずき、

週末利用の強行軍でフェリーに乗った。 もう10月になっている。

                                                      

全国から集結した彼らが渡ってゆくのは、五島の西の海である。

ここから中国大陸まで600キロ以上。 最低でも2昼夜を飛び続けて到達するという。

                                                       

夜明け。

暗い中を、早くも飛び始める。

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島内で夜明かししたハチクマである。

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まだまだシルエットでしか見えないが、周りから湧き出すように飛び立つこの時間は、いつも

わくわくする。


                                                       

明るくなった。 頭上でぐんぐん高度を稼ぐ姿が、朝日を浴びて光る。

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上がりきって小さくしか見えなくなったころ、群れはいっせいに海へ出てゆく。

長い旅の始まりだ。

ああ、地元の山で見るのとは違って、胸に迫るものがある。

やっぱり来てよかった。

                                                      

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すっかり明るくなって、見覚えのある風景に包まれた。

ここは山の上、しかも断崖の下は海、という絶景である。


今回は、ここからハチクマが飛び立つことを発見した方とお話できた。

他の鳥同様に琉球列島を南下すると考えられていたハチクマが、五島から

大陸へ直接飛ぶのではないかと考えたのは長崎の若いバーダー3人であったという。


                                                      
その検証のために渡ってきて、最初は島のあちこちを見てまわったが分らず、高い場所へ

登ろうと決定。

とりあえず登ったここ大瀬崎で、周りから湧き上がるハチクマの群れに出くわした。

                                                       
                                                      

その日1000羽をカウント、素晴らしい感動の一日であったそうだ。 

同じ趣味を持つ私には容易に想像がつく。 22年前のことである。


                                                       

静かな数時間のあと、白っぽいハチクマが飛んだ。 皆で喜ぶ。

お腹いっぱいとみえて、そのうは膨らんでいる。 こういうのを何羽も見た。

悪天候で待機する間に、腹ごしらえをしたとみえる。 

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この日は1000羽越え。 そして次の日もまた1000羽以上を数えた。

10月にしては珍しいが、「これが最後のピークかなあ」と毎年カウントされている方がつぶやく。

                                                    
 

山の上にできたタカ柱が盛り上がる光景。

350羽が作り出すその柱は、あとからあとからハチクマを湧き出させて伸び上がった。

五島へ来ないと見られぬ、天からの贈り物である。

                                                      

飛び立ったものの、戻ってくることも多い。

命がけの旅であれば、危険を察知する英知も当然与えられているのだ。


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こうやって営まれる渡り鳥の生活。 いつもながら、その神秘には深く魅せられる。

                                                     

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彼らの旅に祝福あれ。


  

                                                      

2011年10月08日

台風の難に遭う

奥穂高から下山する途中、ザイテングラートの下りで足をひねった。

これが難の1つめ。


軽い捻挫であるが、寝るころになって痛みを感じる。 これは危ないかも。

明日は下山か、と心配がよぎるが、用意の湿布をして包帯を巻き、足首を固定して寝た。

                                                     

翌朝は軽快している。 

予定通り北穂高へ登ったが、応急薬の備えに我ながら胸をなでおろした。


                                                      

下山日、またもや雨が降る。 台風接近のニュースに、上高地脱出を急ぐ。

幸いスムーズに松本まで出られたが、歯が痛み出す。 2つめの難。

                                                      

切符を買うときに、中央西線は多治見付近で水害、現在のところ止まっていると

説明があるが、じき回復するだろうと乗り込む。

これが大きな失敗だった。 3つ目の難。

この日一日、このために振り回されることとなるとは思いもせず、のんびりと

熱い立ち食いソバなど食べて、歯痛を増幅させた。

                                                 

岐阜県内で列車が止まり始める。 出発してもまた止まる。

とうとう中津川まで来たところで、動かなくなった。

疲れで熟睡するのにも限度はある。 ようやく目覚めて頭もはっきりとしてくるが、

それとともに不安が生じた。

                                                   

歩き回って情報収集してみる。

JRの職員たちにどうなっているのか聞いたが、途中質問を変更、「前より改善しているのか

それとも悪くなっているのか」と端的に聞いてみることにする。

どうやら、事態は悪化していると分ってくる。停車から2時間経っていた。

これはいけない。  じっとしているのは良くないと判断。

                                                  

閑散とした駅前に出てみると、タクシーと交渉中のサラリーマンがいる。

そばで聞いていると、瀬戸まで出れば名鉄で名古屋まで行けるらしい。

とっさに、同乗を頼んでみる。もちろん運賃折半だ。 快諾してくれる。

                                                  

急ぎ列車に戻り荷物をまとめ、精算コーナーの列に並んで博多行きの切符を払い戻す。

先ほどの男性が待っていてくれる間に、女性2人が合流した模様。

和歌山からの2人連れ、この人達と計4人で、残った最後のタクシーに乗り込んだ。

時計はもう4時半を回っている。

                                                    
土地勘のない私たちにとって、名古屋の男性は救いの神だった。

携帯電話で知人から情報を取りながら名古屋を目指す。

思いのほか台風被害はひどい。 二つの川が氾濫、高速も鉄道も止まっている。

多治見を避けて走り、さらに、増えてきた迂回車のラッシュも避けて、山のきわの道路を

車は走る。 運転手さんも親切だ。

先ほどまで通行禁止だった所を、監視員が通してくれる。雨が止んだからか。 幸運だった。

                                                       

3時間以上走って、ようやく地下鉄「藤が丘」近辺に到着。名鉄も止まっており、瀬戸よりも

更に先だ。 お礼を厚く言って、名古屋の男性と別れた。

名古屋駅では改札が閉じていて、券売機もほとんど電気が消えている状態。

動いている1台でとりあえず1000円の切符を買って、清算用の通路を走り抜ける。

コンコースを横断して新幹線口までいくと、ここも改札は通れない。先ほどと同様、お客が駅員に

何か聞いている後ろをすり抜けて走る。ザックと山靴が重い。 汗だくである。

                                                 

こうやって、なんとか最終ののぞみに乗車し、疲れ果てて帰宅した。
                  
                                                    

もしもあのまま列車内に留まり続けたら、車中泊せざるを得なかったに違いない。

そして次の日、東京を直撃した台風によって新幹線も止まった。

私は幸運だったのだ。  不幸中の幸い。

                                                   

しかし、松本でもっと事態を把握すべきであった。 同行した友人は「あずさ」で新宿へ帰ったが、

私もそれに乗って東京回りで帰れば苦労は少なかった。

こういう不測の事態が生じたときに大切なのは、「正確な情報収集」と「決断」なのだ。

結局、仕事と一緒だ。

                                                   

それにしても、こういう時の人の親切は身に沁みる。 あの名古屋の男性は、藤が丘の駅まで

一緒に走ってくれたが、自分は乗車することもなく別に帰路をとられた。

私たちを案内するためにのみ走ったのだ。人に親切にすることの大切さを深く知った。

                                                   

3つの難に遭遇した大変な日に、私が得た教訓は大きかった。

――台風一過――


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2011年10月04日

穂高へ

9月の連休、台風が西海上に留まっている最中に穂高へ行った。

上高地は海抜1500メートルにある。

ここから、高度差1600メートルを2日で登っていくのだ。

                                                  

入山の日は終日雨。しょっぱなからの雨は気がふさぐ。

小鳥や赤い木の実に慰められながら、梓川の源流付近を詰めてゆく。じっとり濡れた。

                                                     

翌日は晴天の予報。期待どおりだ。

起きると、朝焼け(モルゲンロート)の空に白い月が輝き、穂高の山々は赤い。

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6時出発。  砂利を踏んで登り行くと、額の汗が直接小石にしたたり落ちる。

久しぶりのこの感覚は悪くない。

日が昇りきり、赤かった山はさあっと平常を取り戻す。

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白い雲、緑のハイマツ。 美しい涸沢の山々よ。

                                                  

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山ガールたちが登るザイテングラート(支稜)の行く手に、白い月はいまだ残る。

                                                   

ハアハアと登り着くと、険しい前穂高の尾根が同じ高さとなる。

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やがてここにも朝陽が届き始め、装い直した尾根は光る。

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振り向けば、登りきたザイテン・はるか下には山小屋の屋根。

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後ろには、雲間から槍ヶ岳。槍の穂が鋭く天を突く。 

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鎖を頼りに岩尾根を登り、ようやく着いた本邦第3の高峰・奥穂高は人だらけ。 

しかし満足である。

ここまで来るとようやく見える、岩のドーム「ジャンダルム」

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かっこいい! 迫力!

ついでにもう一つの3000M峰である涸沢岳にも登って記録作り。

翌日もこの調子で北穂高へ登り、筋肉痛と深い満足感を味わって、今年の山は終わった。

                                                                                                                 

体力の衰えは感じるが、生きている実感をこれほどに味わえる体験は他にはない。

太古の昔からそこに在る山々と森。 

政治的・経済的な私たちの営みは、当人たちとしては必死なのだが、

悠久の時間から見ると何なのか。 

                                                     

考えても答えはない。