春が来て
今年の春到来は早めだった。
いつものことだが、寒さがゆるみ大気にのびやかなものが漂いだすと、
何やら希望のようなものを感じ始める。
2月の終わりから3月中ごろの浅い春は、希望の時である。
そして、彼岸の頃より春ははっきりと形を取りはじめ、桜の開花とともに、
望みが叶ったあとのような気抜けを味わう。
あっという間に。 その表現がぴったりな春らんまん。
今年はことにそうで、うかうかと過ごしているうちに桜も散ってしまった。
いつか、たっぷりと楽しみながら春を称えたいものだが。
春の楽しみに、渡るハイタカの観察がある。
辛くもそれは、見ることができた。
早朝の海を見下ろしながら、カメラと三脚を担いで小山を登るとき、心にすでに
満足感が生じている。
誰もいない頂上で、ひとり立って南を見つめる。
やがて、一羽のハイタカが尾根の上をやってくるのが見える。
レンズを覗いてピントを合わせつつ、近づくのを待つ。
或いは、不意打ちのように足元の谷をふと昇ってくる。
あわてて座り込み、レンズを向ける。
こちらを見ている。 シャッターを押す。
その音で、驚いて急降下するタカ。
その間わずか数分の1秒。
あらら、申し訳ない。
足許に広がる、植え付け前の黒い畑のどこかから、キジの声が聞こえ出す。
通過したハイタカたちは、遠く北の海上に消えてゆく。
そのゆくてはぼんやりと霞んで、ここから見通すことはできないが、彼らは
飛び続けてゆき、いつか確かな陸地へと到着するのだ。
春のひと日の、穏やかさ。
昼が過ぎれば、私も降りて家を目指そう。
帰り道で、春キャベツや新玉ねぎを買って、夕飯に何かこさえよう。
生きていることは幸せ、そう感じるのは春の日が多い。