年末の山
博多駅の8番ホームで待ち合わせ。
早く着いたので、カップ麺を買いにコンビニへ下りる。
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そろそろ時間なのに誰も来てない。 買い物中にはぐれたのか?
電話すると、「アッ来てたの?僕たちさっきの快速に乗ったんだ」 「ひどいー!」
ここから始まった、年末の山。
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まあしかし、3週間も前にメールで「行けそうよ」、と返事したきりだった私にも責任はあるのかな。
ここは怒らずにいこう。
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2か月ほどあたふたと過ごし、自然のただ中に身をおくことがなかった。
来てみれば、山里に秋は過ぎゆき、暖かい冬が木々の葉を落としている。
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遍路の道と重なる登山道には、石の仏があちこちにたたずむ。
不動明王が多い。
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少年のような地蔵菩薩。
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白装束の女性が、杖を片手に歩いている。
すれ違いながら「こんにちは」と挨拶するが、何か唱えておられる最中なので
邪魔せず通り過ぎる。 顔をみると、まだ若さの残る面影。
私の横を歩く友人のうち、双子の兄の方が「なんか怖いねー」と一言。
弟の方は、「どんな悩みがあるのかねえ、何かしてあげたいけどそれをするのは
大変なんだろうね」とつぶやく。 ああ、この人は優しいんだ。
でも、人が人を救うのは難しい。 家族であっても、見守るしかないだろう。
私はそう思う。 人の世は、悩み深い。
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山頂で、いつものごとく酒盛りとなる。
今日は曇天だが、それでも広い海や街並みが眼下に広がり、眺望は最高。
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福岡の街が、博多湾を抱いているのがよく判る。
最初はワイン、それから焼酎、日本酒と進む。
寒いから燗をつけて。
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双子の兄に聞く。
「S家のお墓はどうなってるの?」
「地元にあるけどね、おやじが入ったらそこまでだよね」
「東京には持って行かないの?」
「持ってかないよ、そのままだよ。 何か言ってきたらそうね、どうぞ処分して下さいって。」
「あなたねえ、そんな訳にはいかないからね」
兄の方は、結構ちゃらんぽらんな所がある。 でも、そんな所が面白くて長年つきあって
きたから、きっと私のいい加減な部分と響きあうのだろう。
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「クラリネットはどんな?」
「うん、だいぶまともに吹けるようになったよ。楽しいよ」
クラリネット教室に通うことが、彼の介護生活の一番の気晴らしなのだ。
「不倫はしてないよね?」
「いやーしようと思えばできるんだけど、してない」
教室で同級の30代独身女性と、授業終了後に軽く飲むのがこの上ない喜びと聞いている。
「無理なんでしょ、強がって。 でもまあ、このことは突っ込まずにいてやろう」
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だんだんと酔いが進んで心地よくなってきた。
初冬の薄い日差しが、飛行機雲をオレンジに染めて伸びてゆく。
今年も暮れゆくか。 年末はどこか寂しい。
こうやって、古い友人と語り合えるのは幸せ。 ほろ酔いになって街を見下ろす。
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先日、野坂昭如氏が亡くなった。
野坂氏の、照れ隠しのような猥雑さが好きだったな。 随分とその文章を読んだ。
下宿の仲間と夜っぴて、「黒の舟唄」を聴いた。
若い日に、彼を慕って家を訪れていたという友人に哀悼メールを出したら、こんな返信が
来ていた。
(野坂氏の思い出を語って)「あの方が一番輝いていた頃、そして僕達の青春時代。」
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そうだ、私達の青春時代は、失われたのではない。
おびただしく重なる時間のひだの間に、手擦れもせず鮮やかに存在している。
そう思いながら年末の山に居た。 もう少しすれば、この辺りにも雪が降るだろう。
冬来たりなば、春は遠からじ。