原生林
いつまで続くかと思われた猛暑が突然終わって、生き返った。
しかしそれから3週間、続けざまの週末雨である。
ゼイタクは言わないが、暑いよりずっとマシだが、でももう読書だけにも飽きてしまった。
やはり、外が好きなのだ。
悪天候を承知で、ちょっと九重へ出かける。
稜線はガスで見えない。登るのはやめて原生林を歩く事にする。
ここなら、降り出しても大濡れしなくてすむし。
大木にまといつく蔦、岩を覆う緑の苔。
今日は人も少ない。
50Mほど先の斜面から、大きな鳥が飛び出した。
キジくらいの大きさ、ヤマドリだ。まっすぐに飛んでゆく。
薮の中で動いている、もう1羽。 ツガイかな。
あとを追って飛んでいった2羽めは、真っ赤なヤマドリ。
えーっと、ツガイじゃないな、同じくらいの大きさだった、そうか親子かも、と考えながら
小さな尾根を乗っ越す。 足下の斜面からまた飛ぶ。
今度は目立たぬ色合いで、羽ばたき音も小さい。メスだ。
最初のがオスの子供、次がオス親、最後のがメス親。 そういうことだ、そうか。
ここでヤマドリを見たのは初めて。 嬉しくなる。
今日は人が少ないから、こんな所で餌を探していたのだろう。
夏が過ぎて秋が来ようとしている森の中は、いつもより静かだ。
咲く花もなく、紅葉にはまだ早い。
降り続いた雨のせいで、いつもは小石だらけの歩きにくい道に、にわか作りの沢が流れる。
小さなよどみになった所へ下りて、掬って飲むと、冷たくそして甘い。
上の方では、火山性の粗い土にしみ込んで伏流となっているから、これはろ過された
きれいな水である。 なのに、残念ながら汲んでいく容器を持ち合わせない。
きりの良い所まで、そう思ってしばらく登る。
明るくなってきた林床に、白いかたまり。
ギンリョウソウ、またの名をユウレイバナ。
ちょっときれいで、でもちょっとぞっとする。 いつもそう思う。
ソババッケと名のついた低地を見下ろす所までで、今日はおしまい。
ソババッケは蕎麦畑の意だろう。 山の中の蕎麦畑とは、焼畑の名残りと思う。
下ってくると、頭上の木で小鳥がジージー鳴き始めた。
双眼鏡を取り出して見ると、翼の下からふわふわの産毛が覗いている幼ないヤマガラだ。
ジージーという声は、周りからも聞こえる。
やがてヤマガラの群れに囲まれた。
次々に下りてきて、私の周りを取り囲み、その中の勇敢な(またはバカな)ヤツたちが、
ほんの2メートルくらいまで近づいてくる。 枝の上からじっと観察しては戻っていく。
一度に5羽見たが、声はまだ頭上でしていたから、10羽前後の群れだったろう。
ヤマガラは人懐こい小鳥である。
人の手からエサを取るほどになつくのも、好奇心が強いからだろう。
最初は、親が「子供から離れろ」と抗議に来たかと思ったが、どうも全部若い鳥のよう。
今年孵った若鳥の群れだろう。 怖い物知らずの冒険者たちだ。
やがて気がすんだと見え、離れていった。
可愛いお客さんに、私は幸福感でいっぱいになっている。
ヤマドリにヤマガラの日。 鳥を愛していると、彼らも応えてくれるのか。
そう考えながら、木の根道を下った。
山へ来ると、必ず良いことがある。
森の出口に、お気に入りの大木がある。
前に立ってじっと見ていると、手を合わせたくなってきた。
その気持ちに反抗するのはやめて、合掌して一礼。
木の精霊というのは、ひょっとしたら居るのかもしれない。