死者の月
濡れた石段を下りていて、転んでしまった。
アウトドア用なのに、この靴は滑りやすい。
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振り返ると、玄関前のポーチに座っていたネコが心配そうにこちらを見ている。
大丈夫だよ、と声をかけてから、母が骨折した時にもこのネコがそばにいたことを
思いだした。
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水仙を仏壇に供えようと、庭に出て、石につまずいた。
私が帰宅する夕刻まで、痛みをこらえて倒れていたのだが、なんとか這い入った家の中に
このネコが滑り込んで、何時間もニャオニャオと騒ぎ立てた。
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あれを契機に母は寝たきりになり、1年後には亡くなった。
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そういえば、お寺から、姉の祥月命日を知らせる葉書が来ていた。
姉が亡くなって15年。
ということは、母が亡くなって5年、父が亡くなってからは、もう25年経つのか。
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子供の私をいつくしんでくれた人々は、みな鬼籍に入ってしまった。
自分がこの年まで無事に生きて来れたのも、考えてみると不思議である。
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カトリックでは、11月は死者の月であると聞いたことがある。
だんだんと陽が短くなり、寂しさを感じるこの月が、死者を思い祈る月であることは
自然にかなっている。
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年齢とともに身体は衰えていくが、分かってくることは増えてくる。
若いころ理解できなかった他人の気持ち。
優しさや思いやりの大切さ。
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姉が、亡くなる前に人生を振り返って、
よく勉強した
他人に意地悪しないように気をつけてきた
そう言っていたことも思い出される。
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私は父と母どちらに似ているのだろうか、そう考えてみたことがある。
どちらとも言えない。
しかし、姉とはよく似ていた。
性格も、興味の対象も。
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亡くなった肉親は懐かしい。
死も、そう怖いことではないと思える。
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柔らかく穏やかな11月の斜光の中で、死者を思うのは、過ぎてきた自分の人生を
振り返ることである。